SF小説が好きだと思っていたのですが、社会人になってからは技術書やビジネス書ばかりで、思いのほか遠ざかっていました。今さらながら、名作とされる作品を、しっかり読んでみようと思いたち、電子書籍で読み進めています。
今回は、『夏への扉』です。
最初に出版されたのは、1956年。2026年の現在から見ると、なんと70年前の作品です。当時は、工場や事務におけるオートメーション化が本格的に進んだ時期です。折しも1956年の夏、アメリカ・ニューハンプシャー州のダートマス大学にて、AI(Artificial Intelligence : 人工知能)という言葉が生まれた「ダートマス会議」が開かれています。『夏への扉』が発表されたのもまさにこの頃で、技術が進歩し、AIやロボットが急速に現実味を帯びてきた時代でした。日本でも高度経済成長が始まり、人々が豊かさや将来の希望を強く抱いていた時代です。
さて、本作で描かれた年代設定は、現実の世界ではすでに過去となりました。描かれた未来像は現在のリアルとは異なりますか、当時の人々が抱いた未来への眼差しを鮮やかに窺い知ることができます。技術が進歩し、苦役からは解放される明るい未来。その一方で、大量の失業を防ぐための無意味とも思える仕事も残されているーーーそんなジレンマを描いた世界観は、驚くほど現代に通じています。
2026年の現在、AIは急激な進歩を遂げ、フィジカルAIとして、実世界と結びつきながら生活に溶け込みつつあります。技術の恩恵を受けて人生を豊かにする人がいる一方で、雇用の喪失やAIへの過度な依存・支配に不安を抱く人も少なくありません。
ところで、今年を小説の刊行年と見立てて、作品のタイムラインをスライドさせてみるとどうなるでしょう。
物語の冒頭は、刊行年の14年後にあたります。今から14年後、2040年の世界はどうなっているでしょうか。
この頃には、AIとロボット技術の進歩によって、労働集約的な作業の多くは人間の手から離れているはずです。とはいえ、わずか14年後。技術進歩のスピードに対して、人間の意識や社会規範の変化はそこまで追いついていないかもしれません。「技術的には実現可能なのに、社会が受容しきれない」という摩擦が起きている可能性は大いにあります。
2040年であれば、自分の目で見届けることができそうです。体力的な衰えがあっても、技術の進歩をポジティブに受け入れ、積極的に乗りこなして周囲に良い影響を与えられるシニアでありたいものです。
次に、物語の舞台が跳ぶのはそこから30年後ーーー2070年です。
ここまで先になると、予測は一気に難しくなります。シンキュラリティを迎え、人類の生活様式そのものが一変しているかもしれません。AIやバイオテクノロジー等、あらゆる科学技術が今とは比較にならないレベルへ達していることは確実です。SF作品として描くなら、大きな格差がある管理社会ディストピアとそれに抗う人間、といったストーリーが浮かびます。しかし現実には、テクノロジーが公平に行き渡り、誰もが活き活きと暮らせる社会であって欲しいと願うばかりです。
2070年ともなると、自分が生きている確率はかなり低そうです。もちろん医療技術の進歩で健康寿命は延びているでしょう。「人生100年」どころか、「100年現役」が当たり前になっているかもしれません。そう考えると…もしかしたら、その景色をこの目で見られる可能性もゼロではないでしょうか。
『夏への扉』は時代を超えて読み継がれてきた理由がよくわかる名作でした。作中の「未来」は現実の「過去」になってしまいましたが、今読んでもまったく色褪せない魅力があります。この先もきっと、新たな世代の読者を魅了し続けていくはずです。

